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哲学対話を通して、教員が対話プロセスを学んでいく。ルールメイキングの進め方を学ぶ教員研修レポート
「児童主体の対話を実現するためには、まず教員がプロセスを学ぶ必要がある」―。茨城県つくば市立二の宮小学校では2024年7月、全教員が「哲学対話」を実践し、対話プロセスを学ぶ研修が行われました。同校では2022年からルールメイキングに取り組み、各クラスの児童から「ルールメイカー」を募集。今年度は「幸せな学校とは?」をテーマに対話を進めています。
今回の研修の目的は、「低学年~高学年までの全児童がルールメイキングに手応えを感じられるような学級活動を、教員が行えるようになる」「児童の意見が取り入れられる話合いの価値や、進め方・まとめ方を教員が知り、実際にアクションできるようになる」と設定。大阪府枚方市立五常小学校から、同校教員の宮崎貴耶さんをゲスト講師として迎え、実践形式で進められました。今回は、そんなユニークな教員研修の模様をレポートします。
枚方市立五常小学校 教諭
宮崎貴耶
大学卒業後、大阪府で採用され、11年目を迎える。2021年より、現職で勤めながら、畿央大学大学院教育学研究科に入学し、特別の教科道徳について研究を始める。道徳科に哲学対話を取り入れることが研究の中心。その他、勤務地において授業マイスターに認定されて優秀教員に選ばれる。現在、道徳科の授業づくりや哲学対話についての研修を年間20回程度行っている。
対話に必要なのは「正解を求めないことと、知的セーフティ」
会場となった教室には、参加した30人弱の教員が「車座」形式で集まり、宮崎さんはオンライン会議ツールを使ってモニター上から進行しました。
宮崎さんはまず、「会話と対話は、何が違うと思いますか?」と質問。参加者たちは「会話はどんどん話をふくらませる。対話は相手の発言を一度受け止める」「会話は気軽にできるが、対話は気構えてしまう」などの意見をお互いに共有します。
一方の宮崎さんはこの違いを、『会話すること自体を目的とするのが会話、一定の目的に向けて話を積み上げていくのが対話*』と整理。こうした対話をすることで、『▼自分の考えの理由を問い直す「批判的思考」▼批判的に捉え直した概念を自分の言葉で紡ぎ直す「創造的思考」▼人と意見を交わして、相手を尊重しながら対話する「ケア的思考」*』の3つの力を養えるといいます。
「哲学対話は、普段は取り立てて扱わないようなテーマに複数人で向き合い、一緒に答えを追求していくもので、対話の一つの種類」(宮崎さん)。
前提として重要なのは、哲学対話は日頃の教育活動と違い、すぐには、正解が見出せない事柄を考えるため、みんなで納得するところ探しにいこう ということ。教員も児童も正解を知らない。だからこそ、「その場に参加したメンバーでの共通了解」を全員で紡いでいくという考え方が必要だと強調しました。また同時に、参加者が安心安全に発言できる「セーフティ」な場を形成しておく重要性も指摘されると、参加者たちは大きく頷いていました。
ボールを手渡しながら、問いを出し合い、互いに質問し合う
続いて宮崎さんは、日頃実践している対話の進行例を具体的に紹介します。まず参加者はお互いの顔が見えるように車座形式で着席。発言する際はボールを持ち、次に話したい人が手を上げたら、名前を呼びながらボールを相手に渡す、というルールを設けます。ボールを持つことで、対話の主体が教員から児童自身に移っていく効果があると宮崎さんは解説します。
哲学対話を始める際に、まずは対話テーマの「素材」(例えば、児童が事前に実施した大人へのインタビュー内容など)を共有。それらに対して感じたことを大事にしながら児童自身がひとりずつ問いを出し合い、多数決によって対話のテーマとなる問いを一つ選んでいきます。
問いが定まったら、ボールを受け渡ししながら自由に感じたことを発言していきます。質問形式の発言が出た際は、特定の誰かが答えるのではなく、その場の全員で質問について考えていくといいます。宮崎さんは基本的に対話内容を板書にまとめていきますが、「言葉の意味がわからないときや、問いなどの共有が不十分だと考えた時には補足で質問します」と、必要に応じて場に参加していくのだそう。
こうした流れを進行する上で、宮崎さんが大切にしているのが「質問する場づくり」。「私が正しい」「私のほうが正しい」という意見のぶつけ合いではなく、「自分はAと思ったけど、どうして相手はBと思ったんだろう?」と問いを持ち、相手に率直に聞いてみることを推奨しているといい、これによって「何を聞いてもいいし、何でも聞かれるかもしれない」という対話の土壌を形成できると説明しました。
児童が取り組むルールメイキングテーマに、教員たちも挑む
研修後半では、宮崎さんのファシリテートのもと、参加した二の宮小学校の教員たちが実際に哲学対話に臨みました。今回は、同校が取り組むルールメイキングのテーマでもある「幸せな学校とは?」という問いが「テーマ」として提供されました。
まずは「こどもが思う幸せな学校って何だろう?」を隣同士で話した後、ボールを持っている教員から順にシェアしていきます。すると、「嫌なことがない学校」「行きたいと思える学校」「ゲームを持ってきていい学校」「怒られない学校」「優しくしてもらえる学校」
など多くのアイデアが出てきました。
これらを踏まえ、「問い出し」の時間。この場で考えてみたいテーマを同様に出し合うと、「ゲームを持ってきても良いのか?」「どこまでのゲームは良いのか?」「いい学校にするためにみんなができることはなにか?」「怒られないことは幸せなのか?」「受けたくたくない授業は受けなくていいか?」といった問いが並びました。多数決を採り、「怒られないことは幸せなのか?」が今回の問いとして選ばれました。
ここから、自由に意見を言い合う対話が始まります。最初は車座での対話形式に緊張していた参加教員たちも、ここまでの時間を経てリラックスし、発言しやすい雰囲気になっていました。
最初に出た意見は、「怒られると嫌な気持ちになるので、幸せじゃないと思う」。
これに対し、「それは、自分だけが怒られない状況なのか、全員が怒られない状況なのか?」と質問が挙がると、「悪いことをしている人がいたら怒ってほしい」「自分がちゃんとしているのに怒られるのは嫌。悪い人にだけ怒ってほしい」などの意見が続きます。さらに、「私は悪いと思っていない行為でも、周りからすると悪いと思われるときもある」という意見には、「自分がしたことの意図や意味を、周囲に説明すると分かってもらえるはず」とのアイデアも続きました。
「怒られるのか、叱られるのかによっても違うのでは」という意見が出ると、宮崎さんが「そもそも、怒られると叱られるの違いは?」と質問を投げかけます。これにより、対話内容がより深まっていく場面も見られました。
今回は20分間の短い対話時間だったため、意見のまとめまでは扱わず、意見出しの段階で終了となりました。宮崎さんは「『そもそもの定義は?それはなぜ?』と話が進むと、対話が第二段階に進んだなと感じられるものです。そうした流れの雰囲気を感じていただけたのでは」と締めくくり、研修は終了となりました。
最後の質疑応答の時間では、参加した教員から「低学年やなかなか意見を発しづらい児童でも、哲学対話はできるか」と質問が飛びました。
宮崎さんは「正直、低学年では難しいこともあります。何度も挑戦できるならいいが(単発の実施では難しい)」と回答。また、意見を発しづらい児童については「哲学対話の前提として、必ずしも喋らなくても良いのです。その場にいて、対話を一緒に共有したことを価値として感じてほしい」と見解を示しました。
今回の研修を経て、二の宮小学校の教員たちからは「各教科や道徳、学級会など、学級活動の中でも対話を取り入れていきたいと感じた」「子どもたちがあまりかしこまらずに意見が言える雰囲気づくりや、教員の期待する模範解答に導きすぎないような声掛けを、教員自身も学んでいかなくてはいけない」といった感想・学びが共有されました。
同校では25年2月までを一区切りとして、学年をまたいで「幸せな学校とは?」について対話を続けていきます。重要なのは、正解を求めないこと、そして、安心安全に話せる場を作ること。教員たちが自ら参加者となった経験は、各現場で学びの多い対話を実現するヒントとなったはずです。
*参考・引用文献
- トーマス・ジャクソン,『やさしい哲学探究』,(=中道雅道訳,『臨床哲学』第14-2号,2013,P.61)
- 豊田光世,『p4cの授業デザイン ともに考える探求と対話の時間の作り方』,明治図書,2020
- 土屋陽介,『僕らの世界を作りかえる哲学の授業』,2019,青春出版社
- 杉本遼・町田晃大・藤井基貴・髙宮正貴,『子どもの問いではじめる! 哲学対話の道徳授業』,2023,明治図書
- 梶谷真司,『考えるとはどういうことか』,幻冬舎新書,2018
- マシュー・リップマン(=河野哲也・土屋陽介・村瀬智之 監訳),『探究の共同体』,玉川大学出版部,2014
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